サムスン v. バイエル事件から見る日本のパテントリンケージ制度の課題

目次

事件の概要

東京地裁令和6年(ヨ)30029号事件は、バイオ後続品メーカーであるサムスン バイオエピス カンパニー リミテッド(以下「サムスン」)が、先発メーカーであるバイエル・ヘルスケア・エルエルシー(以下「バイエル」)を相手取って提起した仮処分申立事件です。

サムスンは、バイエルによる厚生労働省への情報提供行為が不正競争防止法2条1項21号に定める不正競争に該当するとして、その告知行為の差止めを求めました。バイエルは、サムスンのバイオ後続品「アフリベルセプト硝子体内注射液 40 mg/mL『GRP』」が特許第7320919号を侵害する旨を厚労省に情報提供していました。この情報提供により、サムスンは当初申請していた適応症から「中心窩下脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性(AMD)」を削除して承認を取得することとなりました。

訴訟では、不正競争防止法違反の成否における「虚偽性」の判断の一環として、特許第7320919号の侵害および無効性が争点となりました。2024年10月28日、東京地裁は申立てを却下しましたが、判決では非侵害および特許の無効が認められています。

サムスンの訴訟戦略

サムスンがこのような訴訟形態を選択した背景には、戦略的な意図があったと推察されます。エリブリン事件(ニプロ v. エーザイ、東京地裁令和3年(ワ)13905、知財高裁令和4年(ネ)10093)の先例により、承認申請段階での不存在確認訴訟は訴えの利益を欠くとして却下されることが明らかになっていました。そこでサムスンは、不正競争防止法違反という別の法的構成を採ることで、裁判所から当該特許の非侵害および無効性について司法判断を得ることを目指した可能性があります。その観点からは、申立て自体は却下されたものの、所期の目的は達成されたと評価できるかもしれません。

判決が医薬品承認に与えた影響

今回の判決は地裁レベルのものであり、不正競争防止法違反の訴訟における争点の一つとして特許の非侵害および無効が判断されたに過ぎません。しかし、厚生労働省の運用実態を見ると、過去に特許庁での無効審決後、確定前に承認を行った事例も存在します。このような運用から、司法または行政から一定の見解が示されれば、厚労省が承認判断を行う可能性があると考えられます。

本件では、判決がサムスン(GRP)のAMDを除外したアイリーアの承認後に出されたため、直接的な判断材料とはなりませんでした。ただし、その後2025年9月に富士製薬などがAMDの適応を含むアイリーアのバイオ後続品で承認を取得していることを考慮すると、本判決が少なからず影響を及ぼした可能性は否定できません。

日本のパテントリンケージ制度が抱える構造的課題

後発メーカーが多様なアプローチで承認取得を試みる背景には、日本のパテントリンケージ制度そのものが抱える構造的な問題があります。日本の現行制度は法律に基づくものではなく、厚生労働省の「二課長通知」による行政指導として運用されており、法的な位置づけが不明確であることが課題として指摘されています。特許権の効力範囲に関する裁判例や確立した学説が限られているため、当事者間で見解の相違が生じることもあり、製薬業界や知財の専門家からは制度の抜本的な見直しを求める声が上がっています。

厚労省も課題を認識しており、2024年度の厚生労働科学特別研究班の成果に基づき、特許判断が困難な案件について外部の専門家から意見を聴取する「専門委員制度」を2025年度内に導入する方針です。ただし、この措置は現行の枠組み内での改善策に留まります。米国研究製薬工業協会(PhRMA)も2025年5月に意見書を公表し、専門委員制度だけでは先発企業の主要な懸念に対処していないと指摘しています。

より抜本的な制度設計に向けて、厚労省は2025年度に「医薬品特許情報の専門的評価の枠組み構築に向けた調査研究」をテーマとする新規の厚生労働科学特別研究班を立ち上げ、将来の法制化議論の土台を構築しています。このように、日本のパテントリンケージ制度は段階的な改善を進めながら、法的基盤の整備に向けた検討を重ねている状況にあります。

参考文献:https://nk.jiho.jp/article/202390

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