アイリーアBS特許訴訟(Part 2):富士製薬BSをめぐる日本での仮処分申立て

アイリーアBS特許訴訟(Part 2):富士製薬BSをめぐる日本での仮処分申立て

はじめに

2025年11月12日、バイエル薬品株式会社は、富士製薬工業株式会社およびニットーメディック株式会社が販売するアフリベルセプトBS硝子体内注射液40mg/mL「NIT」(以下「富士製薬BS」)について、大阪地方裁判所に仮処分命令の申立てを行ったことを発表しました。

本稿では、Part 1で取り上げた米国訴訟に続き、日本における本件訴訟の背景を整理するとともに、医薬用途発明の「実施」に関する裁判例や、バイオシミラー特有の課題などを概観します。

富士製薬BSの承認経緯

富士製薬BSは2025年9月19日に製造販売承認を取得し、同年11月11日に薬価収載されました。

承認申請時には糖尿病黄斑浮腫(DME)適応が含まれていたとされますが、最終的な承認においてはDME適応が除外されています。これには下記対象特許との関係が考慮された可能性が推測されますが、詳細は定かではありません。

承認された適応症は、(1) 中心窩下脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性(nAMD)、(2) 網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫(RVO)、(3) 病的近視における脈絡膜新生血管(mCNV)の3つです。

対象特許と添付文書の対比

本件訴訟の対象は特許第7733706号とされています。

本特許の請求項1は、概要として、血管新生眼障害を処置するための医薬製剤であって、以下の投与スケジュールを構成要件に含むものです。

1. 単回の初回用量

2. 4回以上の第2用量(各第2用量は直前の投与から4週間後に投与)

3. 1回以上の第3用量(各第3用量は直前の投与から8週間後に投与)

目次

nAMD適応における記載

nAMD適応に関して、添付文書記載とクレームの対応関係は以下の通りです。

要素クレーム富士製薬BS添付文書
初回投与単回あり
導入期(4週間隔)4回以上連続3回
維持期(8週間隔)1回以上2ヵ月ごと

形式的には、クレームが「4回以上」を求めているのに対し、富士製薬BSの添付文書は「連続3回」となっており、文言上の相違が見られます。また、添付文書には「なお、症状により投与間隔を適宜調節するが、1ヵ月以上あけること」との記載があり、医師の一定の裁量的投与を想定した内容となっています。

RVO・mCNV適応における記載

RVOおよびmCNV適応においては、添付文書上「1ヵ月以上の間隔」という最低条件のみが規定されています。ここには具体的な投与回数や固定スケジュールは記載されておらず、その決定は医師の広い裁量に委ねられた記載となっています。

医薬用途発明の「実施」について

用法用量に特徴のある医薬用途発明において、添付文書の記載がクレームと完全に一致しない場合であっても、製薬企業による情報提供活動や医療現場での使用などの実態が侵害判断に影響を与えることがあります。

メニエール病治療薬事件における判断枠組み

用途発明の侵害判断に関する重要な裁判例として、メニエール病治療薬事件(知財高裁平成28年(ネ)第10023号)があります。本件特許(特許第4778108号)は、イソソルビドを有効成分とするメニエール病治療薬に関し、特定の用量範囲を発明特定事項としていました。被告製品の添付文書には、この特許クレームの範囲を明らかに超える用量が標準用量として記載されていましたが、同時に「症状により適宜増減する」との記載も含まれていました。

地裁は、この「適宜増減」の記載について、「投与開始時の患者の病状やその後の変化を踏まえ,医師の判断により投与量を増減させることをいう」と解釈し、適宜増減の結果としてクレーム所定の範囲に含まれる場合があるとしても、それをもって被告製品が本件発明の技術的範囲に属するということはできないと判断しました。

さらに知財高裁では、「そのほかに被告製品の製造販売が当該用途に使用するために行われたことを認めるに足りる証拠もない」として、非侵害の結論を維持しました。

シロスタゾール事件における実態認定(参考:職務発明事件)

一方、知財高裁平成17年(ネ)第10125号(シロスタゾール事件)は、特許権侵害訴訟ではなく職務発明の相当対価請求訴訟ですが、医薬用途発明の「実施」の解釈について参考となる判示が含まれています。対象特許は特許第2548491号です。

本件では、添付文書等に明示的な表示がなくても、具体的な客観的事実関係(医療現場における処方・投与の実態や、それを前提とした取引の実情等)の下で当該用途に使用されるものとして提供されていることが立証されれば、発明の「実施」に当たると判断されました。

この判示に従えば、「実施」の成否は「添付文書の文言」だけでなく、「当該用途への使用を裏付ける事実の立証の程度」に左右される側面があるといえます。

バイオシミラーにおける検討事項

本件においては、実際の医療現場における処方・投与の実態等は不明ですが、上記の裁判例を踏まえ、バイオシミラー全般に見られる「添付文書」の記載が立証にどのような影響を与えるかはこれまで議論になっていません。

ここで重要となるのが、バイオシミラー特有の「適応外挿」という規制要件です。バイオシミラーは、自ら臨床試験を実施していない適応症についても、情報の完全性を保つために、先発品の臨床試験データを添付文書に引用記載する必要があります。先発品メーカーはその臨床試験で使用されたプロトコルに基づいて特許を取得しているケースがあるため、結果として「BSで引用された臨床試験データ」と「特許発明の構成(投与スケジュールなど)」が整合することは珍しくありません。

例えば、本件においても、富士製薬BSの添付文書にはVIBRANT試験(網膜分枝静脈閉塞症)の結果が引用記載されており、その試験プロトコルは本件特許の構成要件(投与スケジュール)と整合します。一方で、「用法及び用量」の項では、先発品と同様に具体的な固定スケジュールを記載せず、医師の広い裁量に委ねる記載(RVO適応における「1ヵ月以上の間隔」等)が採用されています。

このように、用法用量の記載自体は先発品と同様の広い記載でありながら、規制上必須とされる臨床成績の記載が特許発明のプロトコルと一致してしまうケースは、バイオシミラーにおいて構造的に生じ得る事態です。

このような場合、規制対応として記載された臨床データが、メニエール病事件で立証不足とされた「当該用途への使用を推奨する情報提供」を補完する証拠として評価され得るのか。法規制上の要請による記載がどこまで「実施」の認定に影響を与えるべきかについては、これから明らかになる本件の真の争点とは別に、実務上の議論の余地があると言えるでしょう。

今後の展望

本件訴訟は仮処分命令の申立てという形式で開始されており、現時点では当事者の具体的な主張内容や争点は公開されていませんので今後の推移を注視する必要があります。

続報があればお届けする予定です。

参考文献

・バイエル薬品プレスリリース(2025年11月12日)

・富士製薬工業プレスリリース(2025年11月13日)

特許第7733706号(Google Patents)

・添付文書:アフリベルセプトBS硝子体内注射液40mg/mL「NIT」

特許第4778108号(メニエール病治療薬事件対象特許)

特許第2548491号(シロスタゾール事件対象特許)

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